大瀧雅寛

群馬県立近代美術館 - 2 -

2014年5月26日 | 大瀧雅寛 | Comment0

群馬県立近代美術館2014.05.25

さて、エントランスから美術館へと入っていきましょう。このエントランスは、美術館から少し離れています。群馬県立近代美術館は大きな美術館なのですが、コンクリートで出来た小さく薄暗いエントランスの奥には続くのは...。


群馬県立近代美術館

すると、ガラス貼りの明るい回廊(コリドー)。少し歩くと美術館ホールへ到着します。

群馬県立近代美術館

美術館ホールに入った後も、明るい回廊からの直線は、そのまま階段へとつながっています。右側には、鑑賞券を買う窓口があります。撮影していいか尋ねたところ、このホールなら構わないとのこと。左側には明るく広いホールがあり、その奥にある展示室の入口が見えています。

群馬県立近代美術館

2階へと続く階段です。左右の壁は白い大理石貼りの豪華な仕上がりです。踊り場を数か所つくることによって、階段のボリュームを小さく見せています。

群馬県立近代美術館

対して、広いホールは、コンクリートのままの壁、正面の突き当りの壁のみが、階段と同じ大理石貼りになっています。よく見ると、この大理石貼りの突き当りの壁には、階段状の複雑な段が付いています。壁というよりも、ひとつのオブジェのようです。

群馬県立近代美術館

しばらく、この大理石のオブジェを眺めていると、美術館のボランティアの方から話しかけられました。「作品を眺めるのではなく、この突き当りの壁ばかり見ているひとは珍しい」というのです。「この壁には、建築家がメッセージがあると思いませんか」と。

その方から「プラトンの洞窟の比喩をご存知ですか」と尋ねられました。私は初めて聞く言葉でした。

洞窟に住む縛められた人々が見ているのは「実体」の「影」であるが、それを実体だと思い込んでいる。「実体」を運んで行く人々の声が洞窟の奥に反響して、この思い込みは確信に変わる。同じように、われわれが現実に見ているものは、イデアの「影」に過ぎないとプラトンは考える。

ウィキペディア:洞窟の比喩 より...

群馬県立近代美術館

ホールでは、外の「実体」を写し込むために、突き当たりに大理石を貼ったのではないか。

大理石という素材自体に意味があるのではなく、外の景色を写しこむ「スクリーン」としての役割にこそ、意味があるのではないかと。

対して、なぜ階段では、左右の壁に大理石が貼ってあるのか。

左右の壁に自分自身を写り込ませるためでしょうか...。

自分自身を批評しなさいと...。

群馬県立近代美術館

大きなガラスの向こう側に拡がる「実体」。突き当りの壁に写り込む「影」を目にすることで、はっと、背後に拡がる「実体」に気づくことができる。

群馬県立近代美術館

このホールは、そんな「洞窟」なのでしょうか。

群馬県立近代美術館

もう少し、書き足したいことがあります。次回に続きます。

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